松本 隆 作詞活動55周年記念 オフィシャル・プロジェクト
風街ぽえてぃっく2025

「風街ぽえてぃっく2025」第二夜:街編 ライブレポート

テキスト:馬飼野元宏/PHOTO:CYANDO
風街ぽえてぃっく2025
『風街ぽえてぃっく』第二夜:街編は、実力派シンガーたちの宴となった。
この日、会場に流れていたBGMには、昨日とは一転して中山美穂「ツイてるね ノってるね」、山下久美子「赤道小町ドキッ」、イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」など、80年代のヒットナンバーが流され、作詞家・松本隆が創作のピークを迎えていた時代を思わせる。
風街ぽえてぃっく2025
風街ぽえてぃっく2025
そして、この日の開演直前BGMは太田裕美のデビュー曲「雨だれ」。これまで "風街 "イベント皆勤賞だった太田は現在、病気療養中。風街の妖精へのエールを送るかのようなオープニングとなった。

ピアノの音色が印象深いこの名曲が終わると、暗転した会場からストリングスのイントロが響き、赤と黒のドレスに身を包んだクミコが登場し「接吻」を歌う。2000年代以降、最も多く松本作品を歌ってきた彼女の、アダルトな世界には独特の味わいがある。これに続いて歌われた森山良子のカバー「バス通り裏」は、昭和30年代の、貧しくも豊かだった日本を歌った心温まる楽曲。
クミコクミコ
クミコ
街編の前半は、松本隆が描く大人の名曲たちが並んだ。ギターを抱えて現れた田島貴男は、黒いジャケットに柄シャツという粋な着こなしで、オレンジのライトを全身に浴びて、大瀧詠一の「指切り」を歌う。この曲は田島がピチカート・ファイブ時代に初めてレコーディングしたカバー曲で、甘やかなヴォーカルから放たれる男の色気で会場のムードを一気に変える。続いてOriginal Love結成後に松本と作った「守護天使」へ。間奏ではサックスプレイも披露し、セクシーな男の魅力を振りまき、風のようにステージを去っていった。
田島貴男田島貴男
田島貴男
入れ替わるように現れたのは、今年、新たに風街の住人となった氷川きよし+KIINA.。まずは、この曲が氷川自身の歌の原点だという松田聖子の「赤いスイートピー」を、ドラマチックなアレンジで熱唱した。
「5歳の時、人前で初めて歌いました。歌に救われて、今日このステージに立てて、感謝の気持ちでいっぱいです」
そして今年、松本がGLAYのTAKUROと組み、亀田誠治のアレンジで、氷川のために書き下ろした新曲「白睡蓮」のイントロが流れる。渋谷の街を蓮の花の咲く池に見立て、氷川を観音様の如き存在として描いたこの曲は、再開発で街並みの変わった渋谷を憂う、2025年の風街を描いた曲でもある。歌い終えて右手を掲げ上を向いた氷川は、神々しいまでの輝きを放っていた。
氷川きよし+KIINA.氷川きよし+KIINA.
氷川きよし+KIINA.
賑やかに登場してきたのは、前回『風街オデッセイ』でもド派手なパフォーマンスで楽しませてくれた星屑スキャット。今回はメタリック・ドレスを身にまとい、歌う曲は少年隊の「バラードのように眠れ」。アレンジは原曲に忠実に、ダンスはスリー・ディグリーズの再来かと思うような、流麗かつしなやかな動き。そして、大胆にジャズ・アレンジを施したKinKi Kids「硝子の少年」のカバーで、ジェンダーレスな魅力を振り撒きながら圧巻のパフォーマンスで会場を沸かせた。
星屑スキャット星屑スキャット
星屑スキャット
街編の前半戦は、アーティストごとにガラリと色が変わるのが特徴のようだ。続いて黒+赤の衣装で現れたのは安藤裕子。シンガー・ソングライターでもあるが、随所でカバー曲も発表してきた安藤は、15年のトリビュートアルバム『風街であひませう』でカバーしたC-C-Bの「ないものねだりのI WANT YOU」を抜群のノリで歌う。ラップパートも軽やかに、しかもC-C-Bが3人で分けて歌っていた曲を一人で歌い切ってしまう潔さ。
自身の音楽活動の初期衝動は、はっぴいえんどからという安藤は、「松本隆さんと鈴木茂さんの楽屋の前で写真を撮りました(笑)」と楽しげに語った。そして神秘的なメロディーの薬師丸ひろ子「探偵物語」へ。
安藤裕子安藤裕子
安藤裕子
その次も実力派アーティスト、SING LIKE TALKINGの佐藤竹善が、湿度の高いサウンドをバックに、「雨のウェンズデイ」をしっとりと大人のムードで歌い上げる。昨夜の槇原敬之は大滝メロディーとの相性の良さを感じさせたが、今夜の佐藤竹善はそのヴォーカルスタイルが大滝のクルーナーヴォイス(声を張らずに滑らかに歌う)を思わせる。続いても大滝の『A LONG VACATION』からのナンバー「恋するカレン」を、手拍子を交えながら歌った。
佐藤竹善佐藤竹善
佐藤竹善
これに続きさかいゆうが冨田ラボfeat.ハナレグミの「眠りの森」をハンドマイクで歌い上げた。偶然にもこの日はさかいの誕生日で、井上鑑ら風街ばんどの面々がバースデーソングで盛り上げる。そしてピアノの前に座り、『風街オデッセイ』でも観客の度肝を抜いた、ソウルフルかつブルージーにアレンジされた「SWEET MEMORIES」を4年ぶりに歌った。壮大なゴスペル風のサウンド、圧巻のパワーで今回も東京国際フォーラムの観客を圧倒した。
さかいゆうさかいゆう
さかいゆう
第一部のトリは、松本隆と50年以上にわたる盟友関係にある南佳孝が、ギターを抱えてステージ中央から現れると、この日1番の歓声が沸き上がる。♪Want youとひと言放っただけで、風街ハードボイルドの世界へと連れて行ってしまう名曲「スローなブギにしてくれ(I want you)」を、グイグイとギアを上げて歌い上げ、最後はジャンプまで披露。
松本隆とは、デビューアルバム『摩天楼のヒロイン』から60曲ほどでコンビを組んでいるそうで、その中でも映画のワンシーンを見るような美しく儚い恋模様を描いた「SCOTCH AND RAIN」を歌い出すと、会場はマンハッタンの夜へと様変わり。今剛のメロウなギターソロも、クールなシティソウルに華を添えた。
南佳孝南佳孝
南佳孝
南佳孝
15分の休憩時間が終わり、第2部開演前のBGMは、アグネス・チャン「想い出の散歩道」の、矢野顕子による弾き語りバージョン。2015年に『風街レジェンド』が同所で開催された際、矢野が歌っているだけに、懐かしく10年前を振り返るファンもいたであろう。

そして、2部の開演とともに、スクリーンには名盤『BAND WAGON』のジャケが大写しされ、もちろん鈴木茂の登場だ。
鈴木は、同アルバムから「砂の女」を。発売から50年を経た現在でも色褪せないサウンド、今も衰えぬ天才的なギタープレイに加え、ファルセット・ヴォーカルも健在で、途中からは今剛、土方隆行とトリプル・ギターの共演で会場を酔わせた。
MCでは『BAND WAGON』の制作秘話を披露したのち、「いつも出来上がった(松本の)詞を歌うのが楽しみなので、まだまだ(詞を)作ってほしいですよね」と問いかけると、会場からは万雷の拍手が。そして『BAND WAGON』から、松本隆の風街ワールドを象徴する1曲「微熱少年」を披露した。
鈴木 茂鈴木 茂
鈴木 茂
前夜に続いて、ここで松本のポエトリー・リーディング・タイム。今回は南佳孝の79年のアルバム『SPEAK LOW』に収録されている「Simple Song」。先日、松本がパーソナリティを務めるTBSラジオ『風街ラヂオ』に南がゲストで出演した際、この曲をオンエアして、南は「3本の指に入るほど好きな曲」と語り、松本もこの曲を南のライブで聴くために「はるばる神戸から聴きに行ったよ」というほどの、珠玉のナンバーだ。タイトル通りシンプルな言葉だけで綴られる、初秋の海の情景は、観衆の心に染み入るように届いたであろう。
松本 隆松本 隆
松本 隆
南佳孝から鈴木茂へのリレーで、はっぴいえんどを解散し作詞家として独り立ちした松本の初期の作品が歌われたわけだが、ここからはガラリと様相を変え、キラキラの80年代松田聖子ワールドへと突入する。
まずは全身黒コーデにブーツを履いた山本彩が、「渚のバルコニー」を歌いながら登場。続いてロッキンなスタイルに合わせ、聖子ナンバーの中でも一際ロックンロール・センスにあふれた「Rock’n Rouge」。ともに松本と呉田軽穂のコンビによるポップ・チューンを瑞々しくキュートに歌いこなした。
山本彩山本彩
山本彩
続いては赤と黒のタイトスカートに、フリルが可愛い白のブラウス姿の大原櫻子。「白いパラソル」をその伸びやかな歌声で魅了し、さらにファンキーなアレンジで蘇った「時間の国のアリス」へと、可愛らしさ、アイドルらしさを歌い継いでいった。
大原櫻子大原櫻子
大原櫻子
2000年生まれと、この日の出演者では最年少にあたる清水美依紗は、名バラード「ガラスの林檎」を、美しいハイトーンを駆使して歌い上げ、ミュージカルでの実力を遺憾なく発揮。さらにB面曲ながら高い人気を誇る「制服」を、溌剌さと切なさが相まったヴォーカルで表現した。
清水美依紗清水美依紗
清水美依紗
松田聖子トリビュート・タイムとでも呼びたくなる、何れ劣らぬ女性シンガーたちの華やかな競演は、歌われるシンガーによって楽曲もその色を変えていく。そして本編も押し迫った終盤、白の鮮やかな衣装で現れたのは、ベテラン新妻聖子。今回の『風街ぽえてぃっく』では、松田聖子と大滝詠一ナンバーの登場率が高いが、ここで大滝作曲による聖子ナンバーの代表作「風立ちぬ」がようやく歌われることになった。抜群の安定感で歌い終えた新妻は、明朗なキャラクターから放たれるマシンガントークで、会場を笑いの渦に巻き込んだ後、壮大な世界観の「瑠璃色の地球」を堂々たる歌唱で表現。前夜の井上芳雄とはまた違ったアレンジで、祈りにも近いそのヴォーカルは、風街から宇宙へ、永遠に歌い継がれるスケールの大きさを感じさせた。
新妻聖子新妻聖子
新妻聖子
この日も、ここで風街ばんどの紹介があり、前夜と同じく「氷雨月のスケッチ」や「はいからはくち」をモチーフにした演奏で会場を沸かせる。
風街ばんど風街ばんど
そしていよいよ第二夜の大トリ、白いレースのドレス姿の綾瀬はるかがステージ上段に現れると、会場が一気に華やかさに包まれる。
この日、綾瀬は昼間に会津若松で行われた「会津まつり」会津藩公行列に参加しており、その足で会場に駆けつけたのだ。まずは「瞳はダイアモンド」を、時折片手でリズムを取りながら、しっかりと正確に歌い上げ会場は割れんばかりの大拍手。そして、この日2回目となる「赤いスイートピー」を歌い出すと、その伸びのある高音、力強いヴォーカルに会場のテンションもグッと上がる。清廉な女優イメージそのままに、繊細なディテールと温かいメロディーを持つ松本&呉田ワールドの表現者として、この上ない秀逸なカバーを披露してくれた。
綾瀬はるか綾瀬はるか
綾瀬はるか
綾瀬はるか
ここまで5人の女性シンガーが歌い継いだ、圧巻の松田聖子ナンバー10連発。多くの人に愛され、誰もが歌える楽曲ばかりなのも、松本隆&松田聖子作品が80年代最強のポップ・チューンであったことを物語っている。
第二夜のアンコールも、やはりはっぴいえんどで固められた。まずオリジナルメンバーである鈴木茂が再び登場し、はっぴいえんど時代に自身が初めて作曲した「花いちもんめ」を。そして、田島貴男、佐藤竹善、さかいゆうの3人を呼び込んで、「春よ来い」を熱唱。アグレッシヴな演奏も含め、まさしく名曲が今、次の世代へと受け継がれていることを目の当たりにすることとなった。
アンコール
アンコール
そして今宵も、2日間にわたるイベントの主役、松本隆を鈴木茂の声掛けで呼び込む。この時のBGMに流されたのが松田聖子の「櫻の園」。この曲は99年に、久しぶりに松本が聖子と組んだアルバム『永遠の少女』に収録されている。作曲は97年に逝去した大村雅朗の遺作で、これを聖子がレコーディングした際のエピソードはよく知られている。このタイミングで「櫻の園」が流されたのは、聖子作品メドレーの最後に相応しく、また大村への追悼も込められているかのようだ。2日間にわたるイベントの最後を締めくくる松本の挨拶は「僕は三叉路が好きで…」と始まり「いろんな三叉路があり、はっぴいえんどを解散して、大学に戻ろうか…(中略)双六の上がりみたいな形で、今がある」
「僕の詞を愛して歌ってくれたり、聴衆の皆さんが受け入れてくれて、今の僕がある」と感謝の意を述べた。
花束贈呈
さらにこの日、客席で公演を鑑賞していた細野晴臣が紹介されると、会場に大きなどよめきが走る。はっぴいえんどの3人が揃った空間に、今、我々も一緒にいられる喜びを噛み締めていると、ステージ上の松本と鈴木は「細野さんがいたからバンドができた」「細野さんありがとう」と感謝を述べた。
花束贈呈
この日も前夜に続き、最後は良い意味でのグダグダな終わり方で、会場の松本ファンを一気に和ませた。これもまた風街イベントの恒例と化しているのが可笑しいが、この独特のエンディングになることで、この先もまた続くのでは?という、嬉しい予感が走るのだ。
そう、松本隆の「風街」は、この先も歌い継がれ、物語は続いていく。街に吹き込む一陣の風のように、新たな言葉が紡がれていくことを、今は心待ちにしたい。